暗号資産取引所のバイナンスが2026年8月14日、HTXなど16の事業者との間で、資金のやり取りを段階的に止めると発表しました。うち11社は8月23日からです。
バイナンスの告知は、措置の理由を規制上の要件への対応と説明していますが、EUの規則や制裁という言葉は出てきません。ただし、8月13日と8月23日から対象になる14社は、EU(欧州連合)が7月に決めた対ロシア制裁の規則で取引禁止の対象に加えられた事業者と、名前と日付が一致します。バイナンスは、どの国・地域の規則を根拠にしたのかを明示していません。
ここで起きているのは、利用者の側に何の変化もないまま、取引所の判断ひとつで、特定の相手との送金の経路が閉じるという事態です。海外の取引所を使うときに「出金できない」が起きる典型的なパターンのひとつです。
この記事で分かること
- バイナンスが発表した内容と、対象になった16社・適用日
- 名前と日付が一致するEUの規則(正式名称と条文の位置)
- 採択・発効・適用開始が別の日である理由
- 資金の引き出しに用意された例外と、その対象範囲
- 日本の制度ではどう扱われているか
- 現時点で未確定の事項
本記事は公表資料の整理です。特定の取引所の利用・変更を推奨するものではありません。
バイナンスが発表した内容
バイナンスは2026年8月14日、公式のアナウンス「Important: Transactions with Certain Crypto Platforms」(特定の暗号資産プラットフォームとの取引について)を掲載しました。
告知では、対象となる事業者との間で利用者が「直接または間接に、送る・受け取る・その他の取引を行う」ことを禁じるとしています。適用開始後に該当する取引が発生した場合、その取引は保留されコンプライアンス審査の対象になりうること、関係するウォレットが制限されうることも記載されています。
理由として書かれているのは、「事業を行っている国・地域の規制上の要件を遵守する必要がある」という一文だけです。それ以上の説明は告知にありません。
対象16社と適用日
| 適用日 | 対象 |
|---|---|
| 2026年8月7日 | Shelbit(Shelbit General Trading LLC)/Aban Tether Exchange |
| 2026年8月13日 | A7 Nigeria / A7 Africa / PilotFinance Ltd |
| 2026年8月23日 | Rapira / Aifory Pro(Sooty Ltd.)/ ABCeX(Nueva Cryptologia S.A.S DE C.V.)/ WhiteBird / NoOnecrypto INC. / Tradex(Brightum LLC)/ Monease Ltd / BitPapa / Exnode・Exnode Pay(Arvix)/ HTX(HUOBI GLOBAL SA) / EXMO Ltd |
告知には、各社の事業内容や規模の説明はありません。
名前と日付が一致するEUの規則
8月13日組の3社と8月23日組の11社は、EUの官報に掲載された規則の附属書と、名前と日付が一致します。8月7日組の2社(Shelbit・Aban Tether Exchange)は、この規則には載っていません。
該当するのは「Council Regulation (EU) 2026/1848 of 23 July 2026」です。ウクライナ情勢に関する制限措置を定めた既存の規則(Regulation (EU) No 833/2014)を改正するもので、対ロシア制裁の第21弾パッケージの一部にあたります。
この規則の ANNEX VIII が、改正対象である 833/2014 の Annex XLV の Part A に事業者を追加しています。Part A は、原文では次のように定義されています。
list of credit and financial institutions and entities providing crypto-assets services or payment services established outside of the Union that are significantly frustrating the purpose of the prohibitions in this Regulation and Regulation (EU) No 269/2014
(EU域外に設立された信用機関・金融機関、および暗号資産サービスまたは決済サービスを提供する事業者のうち、本規則および規則(EU) No 269/2014 の禁止の目的を著しく妨げているもののリスト)
この表に「HTX (HUOBI GLOBAL SA)」が、日付「23.8.2026」とともに記載されています。EUの規則の適用を受ける事業者・個人(EU域外にいるEU加盟国の国民なども含みます)にとって、この日から当該事業者との取引が禁じられます。
なお、この規則が名指ししているのは「HTX (HUOBI GLOBAL SA)」という特定の法人名です。同じブランド名を使う他の法人がどこまで含まれるのかは、規則の条文からは読み取れません。
採択・発効・適用開始は別の日
制度の話でつまずきやすいのがここです。この件では日付が3つ出てきます。
| 段階 | 日付 | 内容 |
|---|---|---|
| 採択・官報掲載 | 2026年7月23日 | EU理事会が規則を採択し、官報に載った日 |
| 発効(entry into force) | 2026年7月24日 | 規則そのものが効力を持った日 |
| 適用開始 | 2026年8月23日 | HTXなど11社との取引禁止が実際に始まる日 |
規則が効力を持つ日と、個々の事業者への禁止が始まる日は別です。今回は約1か月の間隔が空いています。
資金の引き出しに用意された例外
規則には、取引禁止に対する例外が置かれています。Article 5ad に追加された第4項で、加盟国の当局が「資金の引き出し」または「口座の閉鎖」に厳密に必要な取引を許可できるとするものです。
ただし条文を読むと、対象の範囲がはっきり限定されています。
- 対象になるのは、EU加盟国・EEA加盟国・スイスの国民、またはそれらの国に一時的もしくは恒久的な在留許可を持つ自然人
- 対象になる資金は、2026年7月24日以降に Annex XLV に載った事業者のもとにある口座のもの。許可の有効期間は最大3か月
- 申請の期限は「the authorisation is requested no later than three months after the date of application indicated in Annex XLV」=Annex XLV に記載された適用日から3か月以内
- 引き出した資金は、加盟国の法律に基づいて設立された金融機関・信用機関か、そうした機関が所有・支配している第三国の金融機関・信用機関へ移すこと
対象は、住んでいる国ではなく国籍と在留許可で決まります。日本に住んでいてもEU加盟国などの国籍を持つ人は対象になり得ますが、日本国籍だけで、EU・EEA・スイスの在留許可も持たない人は、この例外の対象に入りません。
一方で、バイナンス側の告知には管轄地域の限定が書かれていません。EU域内の利用者に限る、という記載がないという点が、この件を単なる域内の話にしていない部分です。
海外取引所で「出金できない」が起きる仕組み
海外取引所で資金が動かせなくなる経路は、ひとつではありません。今回の件は、対象の名前と日付から見ると、そのうち「外部のリストによるもの」に近い形です。
| 経路 | 何が起きるか | 今回の該当 |
|---|---|---|
| 取引所自身の経営問題 | 破綻・出金停止 | 告知に記載なし |
| 自国の規制でのサービス終了 | 段階的な取引停止・強制決済 | 該当しない |
| 第三国・地域の制裁リスト | 取引先としての遮断・送金経路の消滅 | 今回はこれに近い(名前と日付がEU規則と一致) |
| 個別口座の審査 | 本人確認や資金の出所確認による凍結 | 適用後に発生しうる |
今回特徴的なのは、利用者の側に何の変化もないまま、経路だけが閉じる点です。日本の財務省の制裁対象リストに載った名前でもありません(下の「日本の制度ではどう扱われているか」)。EUが7月に決めたリストと名前・日付が重なるバイナンスの措置で、8月23日に送金の経路がひとつ消えます。
日本市場ではこれまで、Bitgetの日本居住者向けサービス終了やBitMEX・BitMartの閉鎖のように、「その取引所が日本から撤退する」形の事例が続いていました。今回は種類が違い、取引所が日本から撤退するのではなく、取引所が特定の相手との取引を処理しなくなるという形です。
日本の制度ではどう扱われているか
日本側の状況を、公表資料で確認しました。
財務省の制裁対象リスト:外国為替及び外国貿易法に基づく経済制裁措置及び対象者リスト(令和8年8月5日現在)のうち、ロシア関係および第三国関係のリスト全文を取得して検索したところ、HTX および Huobi の名称は掲載されていません(2026年8月15日確認)。少なくとも、このリストに基づく日本の指定ではありません。
金融庁の無登録業者リスト:無登録で暗号資産交換業を行う者の名称等について(国内)にも、HTX・Huobi の記載はありません。掲載されている3者はいずれも国内の事業者です。
日本で暗号資産交換業を行うには、資金決済に関する法律に基づく金融庁・財務局への登録が必要です。金融庁は同リストの注記で、掲載されていない者であっても無登録営業に該当する行為を行っていることがありうる、としています。
現時点で未確定の事項
- バイナンスの制限が、EU域外の利用者にどこまで及ぶのか(告知に管轄の限定は書かれておらず、範囲を示す記述もありません)
- HTX のブランドを使う他の法人・地域法人が、EU規則の対象にどこまで含まれるのか(規則が名指ししているのは「HTX (HUOBI GLOBAL SA)」という法人名です)
- HTX 側の対応(本記事の確認時点で、HTX の公式発表を一次情報として確認できていません)
- 日本の当局が同種の措置を取るかどうか(本記事の確認時点で、そうした発表はありません)
- Annex XLV に今後追加される事業者(規則には、制裁の回避を止められない国・地域そのものを対象とする仕組みも新設されていますが、対応する附属書は現時点で空欄です)
この記事のまとめ
- バイナンスが2026年8月14日、HTXなど16の事業者との資金のやり取りを段階的に停止すると発表しました。うち11社(HTX・EXMOを含む)は2026年8月23日からです
- 8月13日・23日組の名前と日付が一致するのは、EUが2026年7月23日に採択した対ロシア制裁の規則(Council Regulation (EU) 2026/1848)で、「HTX (HUOBI GLOBAL SA)」という特定の法人名が対象リストに追加されています。バイナンスは根拠にした規則を明示していません
- 資金引き出しの例外措置はEU・EEA加盟国とスイスの国民等に限定されており、日本国籍だけでEU等の在留許可も持たない人は含まれません
- 一方でバイナンス側の告知には管轄地域を限定する記載がなく、EU域外の利用者にどこまで及ぶかは発表からは分かりません
- 財務省の経済制裁対象者リストと金融庁の無登録業者リストのいずれにも、HTX・Huobiの名称は記載されていません(2026年8月15日確認)
この記事に出てくる言葉
- 制裁リスト(資産凍結・取引禁止の対象者リスト)
- 国や地域が、安全保障などの理由で取引を禁じる相手をまとめた一覧。載せられた事業者は、その国・地域の企業や個人と取引ができなくなります。載せる側と、実際に取引を止める側(銀行や取引所)は別です。
- 官報(EUの Official Journal)
- 法令が正式に公表される公的な媒体。EUでは、規則がここに載ることで正式な効力を持ちます。日本の官報にあたるものです。
- コンプライアンス審査
- 金融機関や取引所が、法令や制裁に違反する取引でないかを確認する手続き。対象になると、確認が終わるまで送金や出金が保留されることがあります。
- 暗号資産交換業の登録
- 日本で暗号資産の売買や交換を業として行うために必要な、金融庁・財務局への登録。資金決済に関する法律で義務づけられており、登録のない事業者が日本の居住者向けに営業することは認められていません。
出典・確認日: 本記事は2026年8月15日に、EU官報(Regulation (EU) 2026/1848)、バイナンスの告知、財務省および金融庁の公表資料を取得して作成しました。2026年10月2日に、バイナンスの告知とEU規則の原文を見直し、理由の書き方・例外の条番号と要件などを修正しました。掲載内容はその後変更される場合があります。
※本記事は公表された資料・発表の内容を整理した一般的な情報提供であり、特定の個人・団体・商品・サービスの利用や解約を勧めるものではありません。投資の最終判断はご自身の責任で行ってください。元本保証はなく、損失が生じる可能性があります。税務の取扱いについては税理士に、法律上の論点については弁護士にご確認ください。
運営: 株式会社シンセイサービス
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